宣隆寺について

除夜の鐘と初詣、しあわせめぐり

北長太歴史再発見:しあわせめぐり

しあわせめぐりカード

北長太地区では、歴史的に古い伝統の天皇祭や鯨舟まつりが飯野神社で行われます。また、ひとつの地区に神社と真宗高田派の寺院の3カ寺が点在する信仰深い地域です。
おおみそかと元旦。年の終わりと年のはじまりにぜひ北長太の歴史を訪ねて3カ寺の除夜の鐘と神社の初詣を味わってみてはいかがでしょうか。
普段見慣れている町並みの中にあなただけの歴史の再発見があるかもしれません。それぞれにスタンプをおいてあります。ひとつずつおしてあなだだけの「しあわせめぐりカード」を完成させてください。きっと、あなたにとっておしあわせな年になりますよ。

しあわせめぐりカードについて
飯野神社、高山寺、三誓寺、宣隆寺それぞれにスタンプがおいてあります。
それぞれの枠の中にスタンプを押して「しあわせめぐりカード」を完成させてください。神社、寺院を回る順番は自由です。

しあわせマップ

しあわせめぐり プロモーションVTR

神社とお寺の紹介

飯野神社いいのじんじゃ

飯野神社

ご祭神
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
須佐之男神(すさのおのかみ)他 23座
北長太の地をお護りする神社。 飯野神社の創建は、不詳。 もとは、神明社であったようだが、安土桃山時代に北長太の地に疫病が流行し、疫病を鎮める愛知県の津島神社のご祭神である須佐之男神(牛頭天王)を合わせてお祀りし、 明治41年北長太の各字にお祀りされていた7神社が合祀され飯野神社の名となり、現在に至っている。 天王祭は、毎年夏にあり3台のやま(山車)の上で獅子舞が行われる近郊には、珍しい祭礼である。

越後山 高山寺いいのじんじゃ

越後山 高山寺

開基 道法 顕智上人ご在世の文応元年(1260)諸国に疫病が流行したので両長太の間に一宇を建て弥陀の像を安置し念仏を修したところ疫病消滅しこの堂宇を山之坊と称した。 1505年真慧上人北陸より伊勢に移られるとき道法、上人のお伴をし北勢地方ご巡化し六字法号と道法をこの坊に残し置かれた。 この故に山之坊を道法道場とも越後道場とも称し、道法開基なり。元禄11年(1698)寺号を「高山寺」と称す。 境内に樹齢推定240年に及ぶ銀杏樹あり。
住所 鈴鹿市長太旭町 1-11-31
電話 059-385-0485

梅松山 三誓寺ばいしょうざん さんせいじ

梅松山 三誓寺

開基 心玄
心玄一字を開創。当時、天台宗に属す。
第7世恵慶が高田の真慧上人に帰依し転派し真宗初代となる。 第12世恵芳本堂再建宝永七年(1710)なり。 第22世光照、鐘楼堂(扇タル木様式)再建、昭和28年(1953)現在は、開基心玄から数えて23世である。
現住 住所 鈴鹿市長太旭町 2-1-3
電話 059-385-0465

法輪山 宣隆寺ほうりんざん せんりゅうじ

法輪山 宣隆寺

開基 宝林坊 初め天台宗の一草庵にしてその開基は、能登の人、宝林坊という。 真慧上人当地御教化の時真宗に転じたりと故に宝林の法輪を転じて山号となす。
当村の一角は、紀州藩に所属し現在1メートルの紀伊大納言徳川内蔵守の位牌を安置している。
当寺の家紋は、矢違いなりしも徳川時代に三葉葵の家紋をつけている。
住所 鈴鹿市長太旭町 2-3-38
電話 059-385-6670


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